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SOSの猿

「悪魔祓い」

エクソシストってあの映画で女の子がブリッジしてバタバタと駆け巡るホラーの?

と、まあ伊坂作品なのでそこは怖いとかじゃなかったです。

ひきこもりの男の子・眞人のカウンセリングを断れなくなった遠藤二郎が、

イタリアにいた頃、うっかりと学んだ「悪魔祓い」。

「神父」ってファーザーっていうからとかそんな引っ掛けが読んでてちょっと微笑ましかったりします。

前半は物語を掴みづらいと感じたものの、途中からなんでそう感じたのかがわかるのでスッキリ。

今までの伊坂作品とはまた少し読書感が変わってきた気がしますね。

だから嫌だとか、そんなこと全然ないですけど。

今後も楽しみだな。

猿から連想されるのは孫悟空、というわけで『西遊記』がふんだんに味付けに加えられてます。

主人公の遠藤二郎が雁子さんに呼ばれてた二郎真君って「顕聖二郎真君(けんせいじろうしんくん)」のことだったのか、と読み終わってから調べて知りましたし。

二郎真君って孫悟空を捕まえた神様だったんですね。


昔なじみの近所のお姉さんには大抵の男の子なら憧れがいつまでも残ってたりするものですね。

時が経つにつれて、会わなくなり頭の中のイメージだけはどんどんその頃を美化し始めるものですね。

いざ実際に年月が過ぎてから会うと美化しすぎたイメージとのギャップが生まれがち。

だからこそいざ会ったお姉さんが疲れ顔でしかも息子が引きこもりで心配でたまらない状態なんて時に会ってしまったらギャップなんか通り越して「助けたい」と思うこともあるんではないでしょうか?

「SOS」を感じて助けたいと思うこと、そのこと自体が大事で現実問題それを毎回解決できることもなかったりするからせめて助けられないことに「くよくよ」しないでいたいですね。

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